激しい暴行を受けた男性が都立病院に置き去りにされ、その後に死亡する事件があった。発端は会社員であふれる早朝の東京・新橋のコンビニエンスストアで、被害者の男性は仕事に向かう途中だった。些細(ささい)な理由で酒に酔った男の標的となり、執拗(しつよう)に暴力をふるわれ命を落とした。被害者のあまりに理不尽な展開に、関係者は「本当に気の毒だ」と言葉を詰まらせた。
全身に打撲の痕
「意識がなくなった人を見てほしい」。5月18日午後6時すぎ、東京都渋谷区の都立病院に現れた男は、病院関係者にそう告げた。
駆け付けた病院関係者は男が乗ってきた軽乗用車の後部座席で、顔が腫れ上がり、意識不明の状態の男性を発見。上半身裸で右足の靴も脱げ、全身には数十カ所の殴られたような痕があった。男性はまもなく死亡が確認された。死因は急性硬膜下血腫による脳ヘルニア。目の周辺や鼻の骨も折れていた。
男性を運んできた男は、医師らが男性をストレッチャーで院内に搬送する姿を横目に、足早にその場を立ち去った。
その後、警視庁捜査1課に暴行と傷害致死容疑で逮捕されたのは、住居不定、ガールズバー従業員、村田圭司容疑者(32)。酒に酔った状態で面識のない男性を別の場所で暴行し、自ら病院に運んだことがその後の調べで明らかになった。
執拗に暴行続け
警視庁は男性の身元の特定を急いだが、顔面の損傷がひどく、親族らによる目視での身元確認は困難と判断。父親とのDNA型鑑定を実施してようやく、派遣社員の田中寿和さん(50)=北区=と確認されるほど顔が変わっていた。
最初の暴行現場は、早朝の通勤客で人通りも多いJR新橋駅(港区)近くのコンビニだった。
事件当日の18日午前7時45分ごろ、店舗2階のトイレに並んでいた村田容疑者。中から出てきた田中さんをにらみ付け、それを見返す素振りをした田中さんを追いかけ、階段の踊り場で一方的に顔を平手打ちし、殴る姿が店内の防犯カメラに写っていた。
それでも飽き足らなかったのか、村田容疑者は田中さんの服をつかみ、コンビニから約100メートル離れた勤務先のガールズバーに仲間数人とともに移動。密室内で無防備の田中さんに殴る蹴るなどの暴行を繰り返した。
店内の現場検証では、田中さんが着ていたワイシャツなどのほか、血痕や歯が見つかった。血の付いた酒瓶もあった。
「些細な原因」
だが、事件についての村田容疑者の供述はあいまいだった。
事件当日、直前まで新橋付近で多量に飲酒していたとみられる村田容疑者。調べに対し、面識のない男性を殴った理由について「当時酒に酔っていてわからない。いずれにしてもとても些細なことが原因で殴った」。男性が死に至るまで暴行をやめなかった理由も「覚えていない」と無責任な説明を繰り返した。
田中さんは新型コロナウイルスのワクチン接種に関する業務のため、出勤途中だった。田中さんの住んでいたシェアハウスの大家の女性(79)は「以前は住人同士、食堂で仲良く話をしていた。本当に気の毒だ」と言葉少なに話した。
飲酒でリスク増
日本アルコール関連問題学会などがまとめた平成23年「簡易版アルコール白書」では、「アルコールは犯罪の中でも殺人事件など暴力的な犯罪のリスクを高める」としている。イギリスの調査では、対人暴力事件の半数、ロシアの調査でも殺人事件の4分の3で加害者が酒に酔った状態での犯行とされる。白書では「飲酒と暴力犯罪との関係は世界的に認められる」としている。
一方、国内では窃盗以外の犯罪について、犯行時の飲酒の状況に関する全国規模の調査・統計は極めて少なく、実態は不明という。
アルコール依存症患者やその家族への支援に取り組み、飲酒が絡む事件などに詳しい白木麗弥(れみ)弁護士は、今回の事件について「悪質だ」と指摘し、「飲酒による事件はなかなかなくならない」と話す。
村田容疑者の犯行を酒のせいだと片付けてはならない。だが、酒に酔った状態の犯罪について白木弁護士は「自分の酒癖が悪いことを知らずに酒を飲まされているような状況でもない限り、一般に飲酒によって刑事責任能力の判断が変わったり量刑が軽くなったりはしない」とし、「自分が酔ったときの状況をしっかり周囲に聴き自覚することが大事だ」と断じた。
原文出處 產經新聞