現代の「テフロン・ドン」をめぐる政治的駆け引き
「テフロン・ドン(Teflon Don)」。政権末期にドナルド・トランプ(Donald Trump)前大統領についたあだ名だ。度重なるスキャンダルに直面してもテフロン加工がされているように汚れがこびりつかない、といった意味合いだ。
「テフロン・ドン」ぶりは2017年の政権発足前から発揮された。2016年大統領選の約1カ月前に発覚した女性蔑視発言は致命的と思われていたトランプ氏だが、その後に支持率を回復して当選した。そして政権発足後、歴代大統領では初めて複数回の弾劾訴追に遭ったが、いずれも無罪評決によって無傷で、失脚することはなかった。
だが、先週から「テフロンがとうとう剥がれ始めたのではないか」との期待感が一部の民主党支持者の間に広がり始めている。ニューヨーク州マンハッタン地区検察(以下、検察)が7月1日にトランプ一族の会社トランプオーガニゼーション社と同社最高財務責任者(CFO)のアレン・ワイセルバーグ氏を脱税疑惑で起訴。検察による捜査はトランプ氏に急接近しているのだ。
注目はワイセルバーグCFOの動向
今回、検察はトランプ氏が人生の大半で代表を務めていたトランプオーガニゼーションそして側近のCFOを起訴するも、トランプ氏自身は起訴しなかった。だが、検察が同社の他の経営幹部の追及を示唆する中、今後、本丸のトランプ氏自身を狙ってくる可能性も指摘されている。
7月1日、アメリカの主要テレビ局は手錠をかけられ連行されるワイセルバーグ氏の映像を繰り返し流した。ワイセルバーグ氏はトランプオーガニゼーションではトランプ一族以外で最も重要な経営幹部であることから、同氏の起訴は極めて重要な展開といえよう。
トランプ一族ではない同氏がトランプ氏に反旗を翻すことを検察は願っているようだ。仮にワイセルバーグ氏が検察に協力すれば、同社が関わってきたことが疑われている他の脱税行為、保険詐欺、不正融資、会計操作をはじめ、より深刻な犯罪行為が明らかとなり、民主党支持者が期待するようにトランプ氏起訴に動く可能性も指摘されている。
だが、その希望は叶わないかもしれない。これまでワイセルバーグ氏は司法取引を頑なに拒否してきたからだ。引き続き司法取引に応じなければ、同氏は手錠姿で連行されるといった屈辱にとどまらず、刑務所入りとなる可能性が高い。しかし、ワイセルバーグ氏はこれらをすでに覚悟したうえで行動し、検察の起訴にも動揺していないのかもしれない。直近では税専門家を自らの弁護団に雇い始めたことが報じられ、司法の場で争う構えのようだ。
ワイセルバーグ氏は大学卒業から3年後の1973年、トランプ前大統領の父親フレッド・トランプ氏に雇われ、トランプ家に約半世紀も仕えてきた。トランプ家にとってワイセルバーグ氏は身内のような存在でもある。
現在はトランプ氏に批判的な元顧問弁護士のマイケル・コーエン氏が、かつて崇拝していたトランプ氏に仕えたのはわずか10年強であった。それと比べると、ワイセルバーグ氏のトランプ家に対する忠誠心はコーエン氏をはるかに上回るかもしれない。
仮にワイセルバーグ氏が司法取引に応じない場合、本丸を起訴することは困難との見方が支配的だ。トランプ氏は電子メールも携帯電話のテキストメッセージも送付しないため、同氏の関与を示す確固たる証拠はないことが見込まれ、側近による証言が欠かせないからだ。
トランプ氏は起訴を「魔女狩り」と批判
トランプオーガニゼーションとCFOの起訴後、トランプ前大統領は「政治的な魔女狩り」との声明を公表した。
確かにマンハッタン地区のサイラス・バンス・ジュニア検事長は選挙で選ばれた人物であり、政治的思想の影響がなかったとは言い切れない。バンス検事長は、ケネディ、ジョンソン両政権の海軍長官やその後のカーター政権(いずれも民主党政権)の国務長官を務めたサイラス・バンス氏の息子で根っからの民主党支持者だ。
検事長は訴追裁量といった絶大な権力を保有する。同氏は間もなく退任予定なので再選狙いといった政治的思惑はないとはいえ、自らを支えてきた民主党支持者の声を考慮し判断を下した可能性はあろう。
しかし、今後、前大統領であるトランプ氏本人を起訴するとなれば、ハードルは大幅に高まる。2020年大統領選で7400万人を超える国民の支持を得たトランプ氏を起訴するには、明確な理由が不可欠だ。直接的関与などが不透明な状況下、トランプ氏が無罪となれば、「魔女狩り」と主張してきたトランプ氏や支持者が勢いに乗って、逆に検察は信頼を失墜しかねない。
退任した大統領に国民がここまで注目することは最近では類を見ない。だが、トランプ前大統領は注目に値する。共和党内では引き続き最も影響力がある指導者と位置付けられているからだ。クイニピアック大学の世論調査(2021年5月)によると66%の共和党支持者がトランプ氏の2024年大統領選再出馬を望んでいる。仮に今日、大統領選予備選が実施されればトランプ氏の共和党の指名獲得は確実視されている。
検察捜査を追い風としかねないトランプ氏
したがって、検察の捜査の行方はアメリカ政治を占ううえでも重要だ。この度の起訴は、仮にトランプ氏が2024年大統領選に再出馬する場合は打撃となるとの見方もある。他方で、もし検察が今後、トランプ氏の直接の関与について新事実をつかむことができず、現在の起訴状の内容から新たな進展がない場合、逆にトランプ氏の政治的影響力はむしろ拡大することが予想される。また、今後、捜査の手がトランプ氏に迫れば迫るほど、同氏は世論を味方につけるために大統領選再出馬を狙う可能性が高まるとも見られている。
「テフロン・ドン」は実は1980年代に何度も逮捕されるも裁判で繰り返し無罪となったマフィアのボスのジョン・ゴッティ氏の愛称でもあった。だが、ゴッティ氏も、最後には脱税などを含む容疑で刑務所に送られた。その一世代前の同じくイタリア系マフィアのボスのアル・カポネも1930年代初頭、脱税容疑で収監され失脚した。
トランプオーガニゼーションとCFOも脱税容疑で起訴されたことで、トランプ氏の政界での影響を封じ込められるのではないかと、民主党支持者の間で期待が高まっている。仮に検察がトランプ氏自身を起訴する事態まで発展し、前大統領の犯罪行為について司直の手により裁かれることになれば、同氏の政治生命もついに絶たれるかもしれない。
とはいえ、今後、ワイセルバーグ氏あるいは他のトランプオーガニゼーション幹部が司法取引に応じるなど事態が急展開しないかぎり、トランプ氏の起訴は考えにくい。つまり、現状では民主党の期待に反し、今日の「テフロン・ドン」は不死身であることが再び証明される公算のほうが大きいといえる。
原文出處 東洋經濟