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早稲田大学台湾研究所:「2020年台湾総統選挙・立法委員選挙の分析」書き起こし記録(20200206)

原文出處 早稲田大学台湾研究所(所有圖文版權皆屬原著作權人所有)

小笠原先生による報告:

はじめに

今回の報告は、まず(1)選挙結果の確認、(2)選挙結果の評価、(3)選挙の数字の解釈、(4)選挙戦の流れを解説し、(5)選挙予測モデルの紹介、(6)具体的な選挙区の状況の紹介をし、最後に(7)選挙結果を受けての今後の第二期蔡英文政権の行方や24年総統選挙の行方を含めた政局の見通しに触れる。中台関係の行方については松田先生が後ほど触れる予定である。

(1) 選挙結果の確認

まず総統選挙の結果だが、蔡英文総統は、7回の総統選挙史上最多の得票数である817万票を得た。得票率は4年前の2016年と比べて1ポイントアップして57.1%。対する国民党の韓國瑜候補は得票数では552万票で、蔡英文との票差は前回の300万票までは行かないまでも265万票の差となり、引き続きかなり大きな差が開いていると言える。

一方、韓の得票率は38.6%なので、前回の朱立倫候補の31.0%と比べて、かなり伸ばしたと言える。逆に、宋楚瑜候補は前回と比べて大きく落ち込んだ。なお今回の選挙を観察する上で前提として、台湾の人口は2300万人で、有権者数は大雑把に言えば1900万人、有効票数は1400万票、そして今回の投票率はほぼ75%という数値を基本としておさえておきたい。

続いて、2012年以降の8年間3回の選挙の得票率の推移を見る。民進党の蔡英文、親民党の宋楚瑜は3回連続で出馬し、国民党は毎回候補者が違う。全体の推移としては、国民党は前回ひどい落ち込みで今回は少し戻したものの、民進党との間にはっきりとした差がついていることがわかる。

そして、立法院選挙の数字を見ると、民進党が61議席を獲得し、過半数を上回った。議席数としては過半数から4つしか上回っていないから際どい勝利ではないかと感じるかもしれないが、そもそも立法院の議席数が113しかないので、日本の国会との規模の違いを考慮すれば、安定的な多数と言えよう。しかも、「無所属その他」で当選した6名のうち4名は選挙区で民進党の支援を受けて当選しており、重要法案の採決では必ず民進党と行動を共にするので、61に4を足した65が民進党の議席獲得と同じと言えよう。すなわち過半数の57から8議席を上積みした余裕があり、立法院の運営には支障がない。

一方、国民党は、4年前の前回は総統選も立法委員選も歴史的大敗であった。総統選挙では得票率を少し回復したものの、立法院は議席を3つ回復した38議席に過ぎず、国民党にとって非常に厳しいものだった。また小政党については、柯文哲台北市長率いる台湾民衆党が結党して選挙に名乗りをあげ、比例区で5議席獲得したものの、選挙区では全く影響力を示せなかった。また、親民党はこれまで細々と議席を維持してきたが今回議席を失うことになった。

(2)2020年台湾総統選挙の評価

それでは、今回の選挙結果はどのように評価すればよいのか。蔡英文は、選挙期間中に「一国二制度」を明確に拒否し、香港の若者への連帯を繰り返し表明しただけでなく、中国の政治体制と台湾の自由と民主を対比させる発言を繰り返した。その結果、蔡英文は多数の有権者の支持を得て再選された。その得票数は817万票で総統選挙史上最多を記録したのである。同時に行なわれた立法委員選挙においても、上述の通り、与党民進党が過半数を維持した。

確かに、今回の選挙で、台湾の選挙民が過去4年間の民進党政権の全ての立法や政治的議題について是認したわけではない。2018年地方選挙では、蔡政権は内政で批判を受け、蔡英文率いる民進党は記録的な大敗をしたのである。したがって、今回の選挙のスタートの時点では、蔡英文再選は非常に厳しいと予測せざる得ない状況であった。そこで訴えていたのは、上述の「一国二制度」への拒否と台湾の自由と民主の堅持であった。そして、総統選挙は台湾の方向を決める選挙である。つまり、台湾の選挙民は、台湾のあり方についての蔡の主張を支持し、基本的には民進党政権を継続させる判断を下したと解釈するのが自然である。まとめれば、台湾の民意は、この選挙において、習近平演説が示す統一を受け入れるつもりはないことを明確に表明したということである。

(3)それでは選挙の数字をどう解釈するのか?

ここで、今回の選挙結果の各数字をどのように解釈するのか、という問題を考察するにあたり、まず頭に入れておくべきは、台湾における選挙関連の制度の変遷状況である。まず、1996年から総統の直接選挙が行われるようになって今回で7回目、立法委員選挙では日本の制度にヒントを得た小選挙区制が導入された2008年から数えて今回は4回目に当たる。また、総統選挙と立法委員選が同日選挙となった2012年から数えて今回は3回目、さらに統一地方選挙が2014年から導入されて今回で2回が経過している。これらの制度の整備状況を踏まえ、各制度の変化が選挙結果にどういう影響を及ぼしているのか、選挙の分析(選挙の数字を解釈し、選挙を予想する)上、重要となってくることに留意しておく必要がある。

・蔡英文の得票率・得票数をどう見るか?

今回、そもそも、1900万人くらいの有権者数の票の動き方がどうだったのか、直近三回の選挙における推移を見ていく。各陣営の得票数をまとめた棒グラフを見ると、緑の民進党蔡英文、藍の国民党候補、橙の親民党宋楚瑜、灰色が無効・棄権票ということになる。グラフの棒自体が年々伸びているのは、有権者数が過去8年で少しずつ増えていることを示している。一方、棄権・無効票の数はその都度まちまちであるので、三人の候補を合計した有効投票数は2012年に結構あったのが2016年で投票率が下がったため縮んで、今回の2020年でまた伸びたということがわかる。こうした票数の棒グラフで見ると、選挙結果のインパクトがよくわかる。

ここで蔡英文の得票数に着目すると、2012年の馬英九に負けた最初の総統選挙の際と比べて、2016年では投票率が下がって有効投票数が下がる中で得票数を伸ばしている。投票率が下がる中、得票率ではなく、得票数を伸ばすというのは非常に難しいことであり、国民党が惨敗という形になった。今回の場合、投票率が上がり、有効投票数が増大する中、蔡はさらに得票数を伸ばしたということで、民進党の選挙実務担当者から見れば蔡英文の票の出方は非常に評価できる。一方、国民党は、2016年のように投票率が下がった場合、自らの得票数も減り、今回2020年では投票率が上がっても蔡が票を伸ばしたので結局差は縮まらないという結果になってしまった。

・投票率の上昇をどう見るか?

次に、投票率の推移だが、史上最多の投票率が出たのは2000年、陳水扁、宋楚瑜、連戦の三人が争った総統選挙における82.7%という記録がある。これは、この先破られることのない空前絶後の記録となるだろう。台湾では、不在者投票も期日前投票も認められておらず、選挙民は投票日に戸籍が登録されている実家に戻って投票するしかない。そうなると、軍や警察、サービス業従事者などどうしても投票に行けない人が100万人単位で存在している。つまり、2000年の選挙は、物理的に投票可能な選挙民はほぼ全員投票したと言えよう。投票率はそこから比べると、現在まで次第に下がってきており、台湾も先進国並みに右肩下がりの推移となるのではないかと予想されていた中、今回は急カーブでグッと上昇することになった。

こうした投票率の推移と選挙結果は、どのように解釈すればよいのか。そもそも、投票率の議論に一般の人は惑わされやすい。投票率の議論は、数字を扱っているために一見科学的だが、実は想像の領域の話を含むので、負けた陣営にとっては自らに都合の良い解説を加えるうえで便利な材料となる。負けた陣営は、投票率の変化という数字を自らに都合よく解釈することで、支持者の希望をつなぐ効果が期待できる。近年では投票率が右肩下がりであったため、民進党陣営も国民党陣営もこうした解釈を多用してきたといえる。例えば、民進党の謝長廷候補が負けた2008年、蔡英文候補が負けた2012年は、陳水扁が2000年、2004年に勝利した際の投票率と比べて投票率が低いことが敗戦の理由とされた。

国民党が負けた際も同様で、2016年の前回選挙後に国民党系の学者、中国の学者が主張した説は「国民党の敗北は投票率が下がり支持者が投票しなかったから」というものだった。これは敗戦原因の一部としては正しいと言えるものの、「したがって投票率が高ければ国民党は勝てた/次回投票率が上がれば勝てる」というのは誤りである。報告者は4年前にすでに、支持構造の構造的変化を理由に掲げて、こうした説を否定してきたが、この議論は過去4年間続いていた。今回、投票率が上がって国民党が負けたことで、ようやく報告者の説が正しかったことが証明された。国民党は投票率が下がっても上がっても負けているのである。

それでは今回の選挙で投票率が上昇した理由をどのように見れば良いのか。そもそも、総統選挙の投票率の上下の要因とはなんだろうか。まず、一般的には「藍緑」対決ムードが高まった上、候補者のキャラクター(あるいはカリスマ性)が強いと、選挙民の好感度を引きつけたり、かえって当選を阻止しようとして反対票が結集したりするなどの要因から投票率が上がるという傾向がある。このような候補者のキャラクターと対決ムードの高まりという二つの要素が合わさった事例としては、2000年の陳水扁・宋楚瑜の対決や、2004年の陳水扁・連戦の対決が挙げられる。

一方、2008年の馬英九・謝長廷対決や、16年の蔡英文・朱立倫対決のように、藍緑対決構造があっても、両候補の間の支持率に十分に差がついている場合、投票率は下がる傾向にある。そして、12年の馬英九・蔡英文対決のように、藍緑対決構造があっても、候補者の個性がやや弱い場合も、投票率が下がることになる。

こうしたこれまでの歴年の傾向を踏まえ、今回の選挙前の状況を分析すれば、当初、蔡英文と韓國瑜の間の支持率は差がつきすぎてしまったので、蔡英文再選確実と言われ、選挙関係者や日本メディアでもこれが定説となっていた。しかし、今回の特殊な要因として、韓國瑜は特に個性の強い候補者であったこと、韓陣営およびその支持者がかなり熱狂的で、必ず勝てるという信念が強かったことなどから、世論調査において民進党との差が開いた情勢であっても、両陣営ともに投票意欲はあまり下がらなかった。

また、世論調査の発表が禁止となった選挙直前の10日間では、いろいろな噂や憶測が飛び交っていた。特に、投票2日前、韓國瑜陣営が台北市内で開いた集会で、非常に大きい規模の動員に成功し(報告者の推測では20万人程度で、これは台湾の総統選挙の選挙集会としては2000年の陳水扁による投票前日の選挙集会における約10万人を塗り替える記録的な動員)、これがS N Sなどを通じて瞬く間に拡散されたため、これが韓陣営の結集力と緑陣営の危機感を煽り、選挙戦最後の数日で、投票率の最終的な押し上げにつながったと言えよう。この最後の2日間の韓蔡両陣営の大集会は相互に刺激しあい投票率を押し上げたが、得票の比率自体は変わらず、変化したのは韓と宋の間での票の比率だった。

そもそも今回の選挙では、選挙前の民意調査の数字から、投票率が落ち込んだ前回2016年の総統選挙に比べて投票率が若干伸び、だいたい68〜69%程度で70%には満たないのではないかと言われていた。投票率上昇の背景にあるのは、上述した直近の盛り上がりという要因だけでなく、選挙戦全体の大きな流れから言えば、今回の総統選挙が台湾の行方を左右する大事な選挙だと多くの人が考えたからであるというのが一番妥当性のある解釈だろう。蔡英文支持層は、香港情勢、「亡国感」に刺激され投票意欲が高まっていたし、韓國瑜支持層は、反民進党の感情(4年間また民進党の好きなようにされてはたまらない)に刺激され投票意欲が高まっていた。

・緑藍両陣営の勢力比率の推移

それでは、従来の「緑藍両陣営」という用語で勢力比率を見るとどうなったのか、2012年からの8年間において、3回の総統選挙と2回の統一地方選挙で示された藍と緑の勢力比率の推移を確認しておく。馬英九が再戦を勝ち取った2012年選挙では、蔡英文および馬英九と宋楚瑜を足した「泛藍」の勢力比率を得票率で比べると「45:55」となり、10ポイントの差があった。10ポイント差という数字は大差のないように考えられるかもしれないが、政党の支持構造が比較的はっきりしている選挙では、この差は非常に大きいと言える。2012年の総統選挙で敗れた際に蔡英文が述べた「あと1マイルだと思ったが、その1マイルが遠かった」という敗北宣言の演説の中に当事者の実感として現れている。

それが2014年、ひまわり運動のあった年の地方選挙で一気に逆転し、緑陣営対藍陣営が「55:45」となる大変動をきたすことになった。この新しく登場した支持構造をそのまま継承し、この流れを確認することになったのが2016年の選挙で、緑対藍が「56:44」という結果となった。しかも、朱立倫と宋楚瑜を足した藍の「44」という数字もその内部の支持構造はガタガタになっていた。それが、その後わずか2年後の2018年で、韓國瑜がブームを引き起こし、国民党全体が波に乗って大勝した地方選挙では、緑対藍の比率で再度「45:55」の構図が復活することになった。

報告者は4年前の総統選挙の分析として、2014年から16年に発生した緑対藍の支持構造の比率の逆転は、台湾二大政党の支持構造における地殻変動ととらえてよいほどの構造的な大きな変化だと規定した。結果的には、今回2020年の国政選挙では「57:43」となっており、4年前に規定した緑対藍の勢力比率の構造をそのまま継承している。台湾政党政治の地殻変動の趨勢は、2018年にいったんの揺り戻しを経ながらも、一段落するのではないかというのが報告者の見立てである。

総統選挙1996-2020年の長期トレンドを確認しておきたい。これは民進党一党の得票率と「それ以外」を全て藍とする単純化した勢力比率のグラフでわかりやすく示すことができる。この間の7回の総統選挙では、国民党の圧倒的優位で始まったが民進党が勢力を伸ばし、2008年と2012年に馬英九が国民党支持の比率を回復させるものの、民進党が前回、今回と安定して得票率を確保しており、「国民党弱体化」の進行と「民進党優位」の状況で安定しつつあることがうかがえる。

・立法委員選挙の議席数をどう見るか?

小選挙区制が採用されてからの議席数の変化を見ていく。まず2008年に馬英九が圧勝した際の立法委員選挙では、民進党はわずか27議席で大敗することになった。

そもそも、こうした大敗の遠因となった小選挙区制は、陳水扁による政治改革によって実現したものであった。陳水扁政権の進めた政治改革では、議員定数半減と小選挙区の採用が実現され、人口の少ない県市に配慮して、本来、人口比から言えば議席配分が不均衡になり一票の格差が生まれてしまうものの、それでも離島の金門、連江、澎湖の各県、および台湾東部の花蓮県と台東県といった人口の少ない県市も、台北市や新北市の各選挙区ように人口が密集して有権者数の多い都市部も、同様に1議席を配分することとなった。しかし、このように人口の少ない地方県市に割り当てられた5議席は、従来、国民党支持基盤が強く、国民党の「指定席」と称された。

原住民選挙区でも、全国単一区として争われる「平地原住民」と「山地原住民」でそれぞれ3議席ずつ計6議席が設定され、これも従来、国民党ないしは国民党系の候補の「指定席」と見なされていた。つまり、立法院定数を半減させた113議席のうち、前述の離島などを含む地方の県の5議席と、原住民族議席6議席を合わせた11議席は、国民党が確保を見込める議席となったため、陳水扁は2008年の民進党大敗の歴史的罪人ではないかと囁かれることさえあった。

しかし、その後、この構造が変化する状況になっている。例えば、国民党「指定席」とされた地方の5議席は、最近では民進党が2をとり、「0対5」から「2対3」の構図に変わり、民進党が国民党の牙城に食い込んだと言える。こうした構造の変化は、台湾の選挙制度を研究する多くの学者の予想を覆す展開であった。

具体的な状況は上述したとおりだが、結論として民進党は無所属の4名を含めれば実質的に65議席を有していることとなり、立法院でかなり有利な立場を占める構造が2回連続で出現したということになる。

次に、議席数よりも重要なのは、選挙区での得票率である。日本でも衆議院選挙が行われると、選挙区での議席と得票率が同時に分析される。しかし、台湾ではなぜか得票率の分析は少ない。報告者は一貫して得票率に注目して分析を行なってきた。2008年から2020年までの立法委員選挙の選挙区(73選挙区の合計、原住民選挙区を除く)における政党得票率の推移をまとめた表を確認してみよう。

2008年の選挙で民進党は38.7%の得票率で、それから12年経った今回は45.6%ということで、そんなに伸びてないように感じるかもしれない。一方、国民党は2008年に53.5%という圧倒的に優位な状況から、今回は40.6%となった。また、「無所属その他」に関して、2008年以前の常識では、基本的には国民党系の地方派閥の候補だった。これらの候補は、(犯罪歴があるなどして)国民党の公認を得られなかったり、公認争いに敗れたりして無所属で出馬するケースが多かった。なので、2008年以前、国民党系の勢力は「その他」の得票率も含めると選挙区でいかに大きな勢力を有していたのかがわかる。

小選挙区における各政党の得票率から支持構造を考察してみる。小選挙区制は一対一であるので、平均で1ポイントでも上回れば議席を獲得できる。民進党の45.6%は国民党の40.6%に対して5ポイント上回っているため、多くの選挙区でたとえ過半数に満たずとも首位に立つことができ、議席を獲得することになった。また民進党の応援を得て議席を獲得することとなった無所属その他の候補者の得票率を合わせると、民進党の得票率は49%とほぼ過半数となり、緑陣営が小選挙区で多くの当選者を出すのは当然の帰結であった。

一方で、その他に含まれるような国民党の「盟友」は少なくなってしまい、国民党は40.6%からほとんど増えないということになった。まとめると、緑陣営の得票率は、民進党本体45.6%に緑系無所属その他の3.7%と緑系諸派を加え、さらにあえて分けて計算した時代力量の1%を全て足せば51%(50.8%)となる(もちろん、時代力量が小選挙区で民進党に対抗して候補を立てればマイナスとなってしまうが、ここではあえて勢力比率を確認したいので全てを緑陣営に加えることにする)。

一方で、藍陣営は国民党の40.6%に藍系の無所属や安定力量を加えても全体で42%(42.3%)である。親民党や柯文哲の台湾民衆党など「その他」は7%(6.9%)である。つまり、選挙区では民進党系が非常に強い基盤を持ってしまっていることがわかる。これだけの差があると、4年後に民進党が多少支持を減らしても、選挙区では民進党が基本的に有利な構造であるという予想ができよう。

そして、原住民議席も確認しておく。上述のように平地原住民と山地原住民が3議席ずつ合計で6議席、台湾全土を選挙区とする中選挙区制となっている。この6議席は、以前は民進党がどうがんばっても議席確保は難しいと言われていたが、前回の2016年選挙で、台東プユマ族の陳瑩候補が平地原住民の議席を獲得し、今回の2020年選挙では山地原住民議席においても、屏東ルカイ族の伍麗華Saidhai Tahovecaheが3位に滑り込み、これまで原住民の支持を得られないと言われてきた民進党が、2008年に現行制度が確立されて以降初めて、ついに平地と山地の両方で1議席ずつ議席を獲得するという快挙となった。これを言い換えれば、緑対藍の議席比率が「0対6」の6議席差から「2対4」の2議席差に持ち込めるようになった。

・比例区で民進党と国民党がほぼ同じ得票率であったことをどう見るか?

最後に、比例区の状況を確認する。今回、民進党は比例区において33.98%、国民党は33.36%ということでほとんど並んでいる。これまで見てきたように、総統の得票率でも蔡英文があれだけ圧勝し、選挙区の得票率でも民進党が十分にリードしているにもかかわらず、なぜ比例区で民進党と国民党がほぼ同じ得票率であったのだろうか。

これでは民進党は勝ったと言えるのか、という疑問がでる。しかし、ひまわり運動から誕生した時代力量や今回ブームを起こしかかった台湾基進党などの緑系の諸派の得票率を見ると、緑系諸派全体でほぼ15%(14.99%)に達し、これを民進党比例区の得票率に加えると、緑陣営の得票率は48.96%となり過半数に近づく。ではなぜ、民進党は前回の44%から34%に10ポイントほど減らしたのか。一つの要因としては、柯文哲の台湾民衆党の結党がある。柯文哲の支持者は2016年は民進党に投じたであろう。さらに、緑系の諸派に、民進党から政党票が流れたとみなすことができる。

そもそも、台湾の選挙において比例区は、総統票、選挙区票に続いて3番目に投票するという順番が象徴しているように、有権者にとっての重要性も3番目の位置づけである。有権者にとっては総統と自らの選挙区で誰に投票するのかがまず先決事項であって、少数の党派性の強い有権者を除き、比例区は相対的には重要度が高いとは言い難い。したがって、民進党支持者であっても、今回の基進党の訴え(民進党の邪魔をしないよう、議席を獲得できる5%の得票率はいらないが、活動資金として政党補助金が得られるハードルである3%を超える得票率だけは支持を頂きたいという民進党の支持者に対するアピール)に心を動かされ、比例区で民進党ではなく基進党に投票するというような動きも見られた。

したがって、一見すると、民進党と国民党の得票率が34対33で五分五分に見える比例区の得票率の分布は、結局、緑陣営、藍陣営および第三勢力の比率がどうであるのかを総合してみるのが適切となる。

・第三勢力について

これを踏まえて、第三勢力は今回の選挙でどうであったのか。台湾民衆党は11.2%の得票率を得て5議席獲得できたが、一方で親民党は得票率で5%を割り込む3.7%で議席を失った。民衆党の得票率はまずまずと思えるかもしれないが、柯文哲が民衆党を立ち上げた昨年8月には柯文哲ブームの残り火と新政党への期待があり、得票率は20%か少なくとも15%は超えるのではないかという予測がなされていた。しかし、柯文哲の人気に陰りが見え始めると次第に政党支持率も下がり、最終的には党の内外の予測は10%を超えるかどうかを勝敗ラインに据えていた。

したがって、結果的には直前の予想を少々上回る得票率が得られたものの、議会のキャスティングボードを握るという柯文哲の目算は外れたと言わざるを得ない。柯文哲は,立法院に過半数超えの政党が存在しない状況に持ち込んで、民衆党の提案する効率的なガバナンスに関する法案を、与党民進党が成立させたい重要法案への賛成との交換条件として民進党に呑ませつつ存在感を発揮し、2024年に臨むという計算をしていた。

結果論としては、柯文哲の出馬、郭台銘の出馬、もしくは宋楚瑜の出馬に協力して副総統候補で柯か郭が出馬するなど、何らかの形で第三勢力を結集する動きが打ち出せなかったことが、第三勢力が成功しなかった原因となった。三者の協力関係はバラバラで、最終的に郭台銘が宋楚瑜を支持したものの、親民党は結果的に議席を失った。郭の動きも合理的ではなかったし、親民党の宋楚瑜は新鮮味を欠いて期待を集めることができなかった。宋楚瑜は流石にこれで最後の出馬となるだろう。柯と郭は今後も第三勢力結集のキープレイヤーになるので注視していきたい。

・比例区と総統選挙における勢力比の関係

それでは、比例区の緑陣営、藍陣営、第三勢力の勢力比と総統選挙との関係はどうであったか。蔡英文は57%の得票率を得ているにもかかわらず、比例区における緑陣営は49%しか票を得ていない。この8%の差はどこから来たのかという問題が持ち上がる。国民党についても、韓國瑜の得票率が38%であるにもかかわらず藍陣営は35%しかない。この3%の差はどこから来たのかという問題があげられる。

実は、この問題は、報告者の選挙予測モデルの核心に関わるポイントである。台湾の有権者が持つ総統票、選挙区票、政党票の三票の投票行動の違いがどのように出るのか、というメカニズムによってこの問題は説明できる。これは分裂投票のカテゴリーになる。

単純化して言ってしまえば、ポイントは宋楚瑜の得票率4.3%にある。宋は第三勢力の支持を結集することができず、分散した支持率が蔡英文と韓國瑜に流れたとみればわかりやすい。つまり、第三勢力の政党得票率の15.7%のから、宋の得票率を引けば11.4%であり、これはちょうど民衆党の得票率11.2%と同じである。そしてこれは、蔡英文と韓國瑜がそれぞれの陣営よりも多く得た得票率(それぞれ蔡8%と韓3%)の合計と同じ数字となる。つまり、単純化して言えば、民衆党の11%が宋ではなく、8と3の比率で蔡と韓に流れたと見る仮説ができる。

以上を踏まえて、2024年の選挙に向けて何が言えるのか。現在は、時代力量が民進党側として緑陣営に入っているものの、今後、時代力量が柯文哲と連合して協力するか否かが、第三勢力の結集のキーポイントの一つとなる。例えば、2022年の台北市長選挙では、時代力量の黄国昌も出ようと思っているはずで、柯文哲が自らの後継候補について、時代力量と協力して黄を市長候補に擁立するということも考えられる。同じような協力は、新竹市長選挙で起こるかもしれない。

このように時代力量が民進党から完全に離反し第三勢力の大結集の機運が高まった場合をシミュレーションしてみよう。まず、先ほど解釈した蔡英文に回ったと思われる民衆党の票8%と時代力量の8%を引くので、緑陣営の総統候補の票は約41%となる。国民党候補の得票率からも民衆党分の3%が抜けて約35%となる。そして第三勢力は、今回の宋楚瑜の得票率4.3%に民衆党の11.2%などを足した15.7%に時代力量の得票率である約8%を足すので約24%程度となる。そうすると、緑41、藍35、第三24という勢力比になる。

つまり、第三勢力が結集した場合でもあっても、民進党がリードする状況は変わらないということであり、しかも、時代力量が本当に柯文哲を支持すると決めた場合、同党の支持層の半分程度が反対して民進党支持に流れる可能性も見込まれるため、現在得ている時代力量の約8%の得票率がそのまま第三勢力支持に回るとは言い難い。したがって、比例区の数字だけをみると、国民党と得票率で並んでいる民進党は厳しい状況にあるのではないかと思うかもしれないが、4年後の2024年の総統選挙について考えれば、民進党は比較的に余裕を持っていることがわかる。

・今回の選挙結果の意義

今回の選挙結果の意義は、実は4年前の選挙結果とほぼ同様で、基本的には台湾アイデンティティの広がりに乗った民進党の勝利であり、他方、国民党は台湾アイデンティティと相性が悪いので、地方選挙で勝てたとしても、総統選挙という国政レベルになると非常に分が悪いことを示したと言うことができる。4年前の2016年の選挙では、民進党が初めて立法院の過半数を制し「完全執政」を達成した。権威主義体制期のみならず民主化以降も長く続いた国民党一強政党時代が4年前に終わり、代わって民進党優位時代が到来したという点こそ、報告者が4年前の選挙を歴史的な選挙だったと呼んだ由来であった。2020年の選挙結果は、こうした4年前の選挙結果の意義を再確認するものであった。

(4)2020年選挙戦のながれ

選挙戦の流れは、蔡英文の大逆転劇であった。2019年1月から4月までの序盤戦では、18年の統一地方選挙惨敗を受けて蔡英文は支持率が低迷しており、習近平の一国二制度演説などへの蔡の強気の対応が若干支持率を上げたものの、頼清徳が総統予備選で挑戦するなどの状況を時間稼ぎでしのぐというように守勢であった。5月から9月の中盤戦では、香港での「逃亡犯引渡し条例」への抗議行動が激しさを増す中で支持率が上昇していき、8月にはついに全ての民意調査で支持率トップを得るに至った。柯文哲も郭台銘も出馬を断念し、以後は蔡の独走態勢が固まった。10月からの3か月の終盤戦では、後述する国民党比例区名簿が有権者から批判されるなどの状況も手伝って、蔡陣営は大きなリードを維持したままゴールインとなった。立法委員選挙でも、激戦区で次々にリードし、過半数を上回る大勝に至った。

こうした蔡の大逆転劇は、換言すれば、国民党の失策自滅劇であったと言える。1月から4月の序盤戦では、18年の統一地方選挙での大勝を受けて国民党の優勢であった。王金平や吳敦義などの党内重鎮も総統選出馬を目指すなど党内駆け引きのなか、支持率調査で韓國瑜が圧倒的な優勢を示した。7月、蔡英文有利に情勢がじわりと逆転する中、党の予備選では韓國瑜の公認が決定した。予備選で韓と争った郭台銘がこれに不満を持って9月には国民党を離党した。また、韓のお膝下の高雄市民にも、市長に就任したばかり韓の総統選出馬への不満が広がっていた。これ以降の終盤戦でも党内はまとまらず、11月には国民党の比例区名簿が発表された。これは、親中派と目される吳斯懷や邱毅などと共に吳敦義主席が自らの名前も「安全圏」とされる名簿上位に載せたもので、選挙民のみならず党内からも強い不満と批判の声が上がった。国民党の選挙情勢は一段と悪化し、選挙区でも党勢は逆転されるに至った。こうして、選挙戦は低迷を続け、12月下旬以降の最後の局面で若干勢いを見せつつも、結局は大敗に至ったのである。

なぜ国民党はここまで大敗するに至ったのか。ここでは、やはり韓國瑜という候補の存在とその役割、つまり韓國瑜現象こそが理由である。国民党は、韓國瑜の浮沈と共にあった。韓が体現するのは、選挙集会などで韓ファンら支持者から多くの国旗が振られているように、第一義的には、中華民国ナショナリズムである。世界で広がるポピュリズム現象の中に位置付けるとしたら、リベラルな価値観に反対して国家の権威を強調するような保守的な価値観を標榜する右派ポピュリズムに近いものがあると言えよう。そして、韓の政治的主張の中核にあるのは、反民進党である。

こうした韓の主張に賛同するコアなファンはどのくらいいるのか。報告者の推測では台湾全体で大雑把に言って200万人程度と考えられ、2018年の高雄市長選挙ではものすごいパワーを発揮した。しかし、韓ファンの特徴はその排他性である。普通は、コアな支持層はその波及効果を持ち、自らの周辺に薄い支持層を拡大させることができるものである。ところが韓ファンの場合、拡散効果は限定的で、コアな支持層の外に支持が広がっていかないという特徴が見られた。コアの数が多くとも外に広がらなければ少数派である。

その理由として、韓國瑜現象の背景にあるものを指摘できる。それは、台湾アイデンティティが広がった台湾社会の現状に対する疎外感、焦燥感、危機感である。こういう感情を持った層こそが韓の支持層である。この支持層は、もともと馬英九に期待していたのだが、その後、馬のような高学歴で留学歴のあるスマートな従来の国民党エリートでは民進党と戦えないという思いが募っていた。その失望と不満の受け皿となったのが韓で、韓がこうした支持者をガッチリ掴んだのであった。こうした韓ファンの性質が韓の浮沈を決定したと言えよう。

実は、こうした韓ファンによる支持の構造は、4年前の国民党候補が洪秀柱であった時と同様の構図である。そのことは、報告者が4年前の2016年の総統選挙の際に示した図「総統選挙におけるイデオロギーと支持構造」を参照すると理解しやすい。台湾総統選挙の法則として、中間に位置付けられる「台湾アイデンティティ」の広がりを背景に、台湾アイデンティティの票を取った候補が毎回の選挙で勝利するという状況にある。

現代台湾におけるイデオロギー構造は、左右両極に台湾ナショナリズムと中華民国ナショナリズムが位置し、その中間に、台湾アイデンティティという民意が緩やかに広がるという三極構造になっている。この台湾アイデンティティの中核的な主張は、現在台湾に存在している中華民国、つまり民主化してある程度台湾化した中華民国の現状を維持していこうというものである。一方、左側の台湾ナショナリズムは、中華民国を解体して、台湾共和国の建国独立を目指す立場である。そして中華民国ナショナリズム、略して中国ナショナリズムは、台湾と中国大陸との絆、台湾における中華民国の意義を強調する立場である。

数的に一番多いのは、様々なアンケート調査からも、台湾アイデンティティである。しかし、台湾の政党政治は、民進党に代表される台湾ナショナリズムと、国民党に代表される中華民国ナショナリズムという二極構造として長年理解されてきたため、左右両極それぞれのコアの層の頭の中では、二極イデオロギー構造の間に広がっている中間層とは、上述した台湾アイデンティティというよりも、海辺の砂のようにバラバラに散らばっている存在であるとして認識されがちである。したがって、自らの理念を熱心に訴えれば、中間層を取り込んで多数派になることができると考えられている。

しかしながら、報告者はこの中間層をあえて「中間派」と呼ばずに、「台湾アイデンティティ」であると位置付けるのは、「中間派」と呼んだのでは他国の比較政治における「中間派」のようにイデオロギー的に中間にあるということになって、政治的に無色で白紙の状態であるということになってしまう。しかし、実際には、この中間の広い層では「台湾」という色がすでに付いてしまっており、左右両極ともにこの「ゆるやかな台湾アイデンティティ」に合わせなければ多数派を形成することができなくなっている。このことは、過去6回の総統選挙の分析ではっきりと示される傾向であり、今回の7回目の選挙もそのことを裏付ける結果となっている。

このことを頭に入れて、もう一度、この図を確認すれば韓の敗因を理解できよう。韓陣営ではもちろん中間派の票をとるべきだと理解しているものの、蔡英文陣営はそこにくさびを打ち込むために、「韓國瑜親中論」を唱えて、韓に任せると中華民国が無くなってしまうかもしれないという危機感を広げる。一方、国民党韓陣営は、中国との関係を考慮しなければならないために、そこに打ち込まれたくさびに対して有効な反論ができないという構造上の問題が生じる。これが、2019年1月の習近平による一国二制度方式による台湾統一推進談話や、香港における「犯罪人引渡し条例」への民衆の抗議活動に対して、国民党と韓國瑜が明確な見解と立場を示すことができず、曖昧な表明を繰り返すことになった要因であった。

逆に、2012年の選挙では、馬英九は「92年コンセンサス」を蔡英文に対するくさびとして上手く使うことに成功した。蔡英文は「92年コンセンサス」を認めない立場であったため、台湾アイデンティティの立場にある中間層のなかで「92年コンセンサス」を許容する層は馬英九支持に回った。ところが、今回の場合、「92年コンセンサス」の意義が、国民党が従来から主張していた「一中各表」ではなく、中国側が強調する「一中原則」の方に次第にシフトしつつあった。さらに習近平演説で、「一中各表」の「各表」が完全に否定されるに至った。にもかかわらず、国民党はあいかわらず「92年コンセンサス」を繰り返し唱えるだけだったので、くさびとして機能せず、中間層の取り込みに失敗することになった。

(5)選挙予測モデルの紹介

報告者の選挙予測モデルに関して、時々質問されるのでここで若干紹介しておく。簡潔に述べれば、総統選挙・立委選挙区・比例区の3つの票の動きのモデルで把握するというやり方だ。ます、3つの票それぞれの過去データを整理したエクセルSheetを作成し、それを統合したSheetでシミュレーションを繰り返し、均衡点を探っていく。異なるロジックで動く票が同時に投じられることで、予測作業におけるフィードバックが可能となる。

選挙結果の予測のための動向調査は、マクロとミクロの二つの視点から進める。マクロにおいては、上からの概念図と民意調査で全体の流れを判断する。総統選挙や比例区の全体の動向をつかむためにはもちろん民意調査が重要となる。しかし、さらに重要となるのは、選挙区の動向という下からの視点であり、具体的には73個所の選挙区の情勢調査である。結局、非常に硬い組織(政党組織、後援会組織)が存在するのは選挙区レベルである。ここを押さえることで、各党がどの程度の情勢なのかが明確となる。過去のデータの整理と選挙区へのフィールドワークの結果を統合し、各県市の状況を分析することも必要不可欠である。こうした選挙区動向・県市の動向の調査を積み上げることで、ミクロの視点から選挙動向を把握していく。

この総統選挙、立法院選挙区、比例区の3つの票の動きを統合したエクセルシートこそ、選挙予測における小笠原モデルの核心となる(会場ではこの資料を披露)。このシートは1月7日に作成し若林先生、松田先生らに渡した現物であるが、ここにある蔡英文の予想得票率および国民党や民進党の選挙区の予想得票率は選挙結果とほぼ一致した。このように、このモデルを使ってかなり精度の高い予測が可能となった。

(6)具体的な選挙区の状況の紹介

昨年の秋以降、台北等の都市部から宜蘭、花蓮の東海岸まで22の選挙区を訪れ、民進党、国民党、無所属の候補者40名に面会し、さらに多くの選挙関係者も含めて聞き取り調査を行なった。

・香港情勢の影響

今回面会した22選挙区の候補者40人すべてに「選挙区における香港情勢の影響」を質問した。すると、ほとんどの候補者が「影響あり」と答えた。民進党候補は、自分の選挙情勢のプラスになったという認識を示した。ただし影響の大きさの認識には濃淡がある。「影響はない」は、花蓮の蕭美琴(民進)と傅崐萁(無党籍)のみだった。一方、国民党候補はみな答え方が同じで、「(マイナスの)影響はある。だがそれは蔡英文が操作したからだ」という蔡英文批判につながる認識であった。いずれにせよ、香港情勢が今回の選挙に一定の影響を及ぼしたと言える。

また、香港情勢に対する選挙民の関心の程度については、都市部の選挙区の方が農村部の選挙区より関心が高いという傾向が観察できた。さらに、若者が中高年層より関心が高いという認識も、国民党候補を含め共通していた。「集会などで選挙民が香港を話題にする事例はあるか?」という質問については回答が分かれた。「ない」という場合でも、「ネットやテレビで香港のニュースを見ている選挙民が多い」という回答が続いている。

ただし細かく言えば、香港情勢が直接的に影響を与えているというよりも、香港情勢によって蔡英文の支持率が上昇し、そのことが選挙区の情勢にも反映したという間接的な影響をみている候補者がいたり、農村部では韓國瑜への批判や行政長の蘇貞昌の行政手腕が買われて蔡英文への票につながったという回答もあったりしたので、一概に香港情勢だけが影響して民進党の票につながったと結論づけるのは単純化しすぎということになる。

・韓國瑜の不人気の影響

国民党候補の中には、自分の選挙区で韓國瑜が劣勢であることを認めない人と率直に認める人がいた。国民党候補にとって韓國瑜との結びつきをどうアピールするか非常に敏感な問題であったと言える。大型選挙看板で「韓とのツーショット」か「自分だけ」かによって違いが見えた。韓をまったく出さないと韓ファンに攻撃されるので,自分の選挙事務所に「エクスキューズ」として出しているという事例があった。当選が予想されながら意外にも落選した一部の候補者の中には、韓國瑜との関係を強く強調していたという事例もある。また、逆に厳しいと言われた選挙区で民進党現職を破って当選した候補者の中には、自らの選挙区において韓國瑜との関係をあまり強調しなかった者もいた。韓との結びつきを強調した張嘉群(雲林1)、顏寬恒(台中2)、李永萍(新北12)は落選し、あまり強調しなかった謝衣鳳(彰化3)、萬美玲(桃園4)は当選した。(会場では選挙看板の写真を紹介)

(7)今後の政局の見通し

・蔡政権第2期の見通し

蔡政権は、経済基盤の強化、少子高齢化対策、若者の雇用・賃金・住宅対策など堅実な課題に取り組むだろう。中台関係では、膠着状態が続くことになる。米中対立の上に米中貿易戦争があり、中東不安定、北朝鮮も不穏な動きを見せており、香港情勢も引き続き懸念材料となっている。さらにこれに新型肺炎の緊急課題が加わっており、習近平がすぐに台湾に対して大きな行動に出るとは考えにくい。

蔡英文は厳しい状況から再選と立法院の過半数維持に成功したので、党内の権力基盤は強化されたといえる。また、蘇貞昌や頼清徳ら旧政敵を追い払うのではなく、彼らを政権内部で活用しているという点もかなりの政治手腕を身に付けたと見ることができる。まとめれば、政権基盤は安定し、蔡個人の指導力も高まった。とはいえ、台湾の有権者の期待は常に高すぎ、せっかちに成果を要求するので、いずれ支持率低下、苦境に陥る可能性も高いと言える。

しかしながら、2024年の総統選挙を展望すれば、民進党に有利な情勢が続くと考えられる。変数は2022年の統一地方選挙となるだろう。順を追って解説する。

・国民党の情況

まず最大野党国民党の状況である。国民党は、①地盤、②資金、③路線、④人材の4つの課題を抱えており、これは報告者が4年前に指摘した問題がそのまま解決されていないということである。①地盤に関して、軍公教、地方派閥が韓流で若干回復したが、全体として支持拡大はできていない。②資金に関して、党資産が没収され資金調達は困難となっている。候補者は個別に政治献金を集めるしかない。③路線に関して、中国共産党との提携関係ができているので自らの路線の調整が困難である。④人材に関して、中堅世代の層が薄いという問題がある。他方で、江啓臣、蔣萬安など、自分の選挙区で韓國瑜の得票率よりも大きく上回る得票率を獲得しており、地元でしっかりした支持基盤を固めつつある中堅若手がスポット的に存在している。

・2022年統一地方選挙と2024年総統選挙への見立て

22県市の首長の座に関して、現有は国民党15、民進党6、無党籍1という状況である。国民党は前回の2018年に勝ち過ぎているので、次回の2022年で数を減らすのは避けられない。統一地方選挙で負ければ、主席は辞任しなければならず、国民党主席の受難が続く可能性がある。

第三勢力への期待は確実にある。県市の議会選挙では、民衆党、時代力量、基進党などが議席を獲得するであろう。柯文哲について2つの見方があるが、出馬の可能性が高い。その場合、柯文哲が自らの路線・政策を固めることができるかどうかが鍵となるだろう。

一方、第三勢力が22年に気勢を上げたとしても、24年の選挙戦が始まると壁に打ち当たると考えられる。つまり議会との関係が問われるからである。立法委員選挙の選挙区では有力な候補者を擁立できないという、今回の選挙と同じ問題に直面するであろう。

2020年総統選挙のまとめ

2020年選挙についてまとめれば、今回の選挙は台湾アイデンティティの広がりと定着を確認した選挙であったと言える。対外的には、台湾の民意は、中国による統一と一国二制度に明確に「NO」を突きつけた。内政的には、民進党政権が8年安定的に続くことになった。国民党にとっては苦境が続くことになる。第三勢力は政権を取るまで勢力を拡大するとは現段階では想像できないものの、議席を漸増して議会における一定のプレイヤーとなるだろう。今後、中台関係は膠着を続けることになる。中国の圧力はこれからも続き、台湾にとっては我慢の時代となるだろう。しかし、習近平の対台湾政策も手詰まりであることが明らかになった。

松田康博先生からのコメントと質問(外部環境要因を中心に)

台湾選挙分析には、「前派」vs.「後派」、そして「空中戦」vs.「地上戦」の2パターンある。小笠原先生は「前派」と「地上戦」の方法論を採っており、選挙前日までに徹底的に調査を行い、選挙区を廻って現地の活気や「死臭」の有無を確認される。評者の場合、対照的に「後派」として選挙結果から今後を予測し、そして中国やアメリカがどうであるのかといった国際関係などの外部要因を分析する「空中戦」を展開しているので、報告者とは上手く分業できていると言えよう。

台湾政治を分析する3つのキー概念

これまで、台湾の選挙がある際などに口頭で語ってきたが、変化が早く変化の幅が大きい台湾政治分析をする際のカギとなる3つの概念について前回の2018年統一地方選の分析を報告で示した内容を以下に再度提起したい。

台湾政治を分析する上で重要となる第一の概念としては、「頻繁に変わる制度と水の流れのように変化する民意」が挙げられる。これを掴まないと台湾政治は理解できない。台湾の選挙では頻繁に制度改革や新たな制度が作られるため、新たな制度を利用し、自分が行動を起こした後に発生する民意の変化を予測した者が勝利を収めるという図式が見受けられる。つまり、変化に強い者が勝つという、台湾社会の活力そのものを示すと言えよう。これは、李登輝による一連の民主化しながら制度改革を進めるというやり方、陳水扁の公民投票と総統選挙を結びつける「公投綁大選」などの創造的な例からも明らかであろう。今回の選挙に関して、変化への対応という意味では、台湾に「一国家二制度」を求める習近平演説に対し、蔡英文が素早くこれを「拒否」し香港の抗議運動支援の姿勢を明確に打ち出したのに対照的に、国民党側は明確な対応を打ち出せなかったという点が挙げられるだろう。制度はだいぶ安定してきたとは言えるが、今回も、2018年の統一地方選挙の際に政敵に利用されて失敗した教訓から、公民投票を総統選挙と切り離すという制度変更が行われた。これは直接民主制を阻害するという意味で、進歩的な民進党の立党の理念からすると、リアリストとしての対応に徹し、理想から後退したと言える。要するに、民進党はまた一歩、統治する政党へと転換しつつあるといえよう。

台湾政治を予測する上で重要な第二の概念は、「台湾は裏切らない(=退屈に見える選挙が最後には必ず劇場化する)」というものである。その理由は、やはり、緑と藍の双方が厳しい競争を繰り広げていることに加え、中国やアメリカとの関係という国際政治の構造なども台湾に影響を与えるからであろう。そして活力に満ち、臨機応変が当たり前の台湾社会では、例えば2000年の陳水扁出馬・当選などの例にあるように、「予測可能なことは前倒しで発生する」という定理が挙げられよう。今回の場合は、韓國瑜の出馬である。2018年の統一地方選挙でブームを巻き起こして高雄市長に当選した韓國瑜は2024年の次期総統選挙への出馬が濃厚と目されていた。評者の昨年4月の訪台時には、ほとんどの人は韓不出馬を前提に動いていた。しかし韓は、当選から数ヶ月で総統選挙への出馬を表明する事態に至るなど、日本政治の常識から言えば考えられないかもしれないが、台湾ではこれが発生してしまった。結果として、蔡英文が大逆転勝利を収めることになった。

第三に、「評論家のロジックと当事者のロジックは大きく異なる」という定理である。例えば、04年総統選挙において国民党の連戦と宋楚瑜が組んだ「連宋配」や18年統一地方選挙で敗色濃厚な中で民進党が台北市長選挙に擁立した姚文智の出馬などがこの例だろう。これらの事例では、外野の評論家的な立場からは理解しがたい選択に見えるが、当事者の立場においては確かに一定の論理が存在しており、その論理に従った行動をとっているに過ぎない。この当事者の論理を把握することで、「あり得ないことや、馬鹿げたことが平然と発生する」という台湾政治の展開を理解することができるだろう。今回の場合、上述した韓國瑜の出馬であるとか、あるいは国民党主席の吳敦義や前立法院長の王金平が国民党の総統候補として出馬することに本気でこだわりを見せたことが挙げられる。客観的に見れば、1桁台しか支持率がない世論調査から言っても、メディアでの話題度から言っても、合理的とは言えないが。政治家の執着心というものは、よく考慮に入れる必要がある。評者は前回の18年の統一地方選挙の分析の際に、国民党の主席である呉敦義が総統選に出てくることになりそうだと予測したが、実際に彼の相当に強い執着心が、今回の総統選挙の候補者争いの中でも影響したと言えるだろう。最後に、郭台銘による国民党の離党もこの定理に当てはまると言えるだろう。郭は、総統候補者レースで敗れたとしても、そのまま党内で静かに韓の応援に回っていれば、今回の大敗を受けて郭に国民党の主席の座すら転がり込んでこんで来てもおかしくない状況であった。ところが、郭は離党し、党外から国民党の攻撃に回ったのである。郭は当事者としては、「とても韓を応援できない、国民党はもう終わった」と判断したのかもしれない。しかし、外部から評論する視点からは、理解し難い判断であった。したがって、当事者の非常に強いこだわりが、大局に影響を与えてしまうという問題を考慮に入れなければならないということである。

2020年の選挙分析に関する質問

■大きな質問

最初の質問として、国民党が負けることはわかっていたが、最大の疑問は、「地方選挙の大勝利からたった14ヶ月の短期間で、なぜこれほどまでの大きなスイングが起きたのか?」という問題である。確かに、4年のスパンで見れば、2016年に出現した民進党優位の構造が固まりつつあるということができようが、前回の統一地方選直後の分析では、報告者も評者も共に「蔡英文の再選は相当難しい」という所感を述べていたほどである。2018年の統一地方選挙から2年足らずで、支持、不支持が右から左でここまでのスイングも見せて大逆転するというのは、これまでにも例がない。これまでは、2期8年で政権交代が起こるために8年ごとに大きなスイングが起こるという8年周期説や、直近の統一地方選挙で多く負けたところは総統選挙で勝利できないという法則のはずだった。ところが今回は、18年の地方選挙で歴史的大敗を喫した民進党が、14ヶ月後の総統選挙で歴史的勝利を収めるという事態となった。有権者の間で「蔡英文は台湾を滅ぼす」というような「民進党嫌い」は依然として維持されていた以上、「なぜこれほどまで劇的に?」という疑問が残るだろう。この疑問が解ければ、民進党長期政権化(2004年以降も民進党かどうか)が見通せることとなる。

上記の疑問について、ここで試しに2つの仮説を提起してみたい。

一つ目の仮説は、仮説A:コアリションの結成と崩壊である。もしも、コアリションを再結成できれば国民党は2022-24年に復活することとなる。一方で、民進党が分裂/不団結となれば、次の選挙では、国民党か台湾民衆党にチャンスができることになり、民進党が分裂状態に陥って、この二党がコアリションを結成できれば、チャンスはさらに広がる。例えば、2008年の総統選では、民進党の内部は四天王がそれぞれ別の方向を見ながら戦うというようなガタガタな状態であった。今回は、総統の予備選で蔡英文に挑戦し、対立した賴清德が、副総統候補として戻り、団結して戦えたという効果が勝利の要因として大きい。

二つ目の仮説は、仮説B:中国への脅威感の方が、規制の政党政治(エスタブリッシュメント政治)に対する嫌悪感(=政治不信)を上回った、というものである。前回2018年の地方選挙では、有権者の間で既成政党への嫌悪間が非常に大きく広がったと言われている。高雄市長に当選した韓は国民党の候補ではあったが、こうした既成政党への嫌悪感を背景にして支持を拡大していた。2014年に国民党でも民進党でもない柯文哲が台北市長に当選したのも同様の理由があった。つまり、国民党も民進党も実際に政権を運営させて見たら有権者の不満が拡大したため、それを柯文哲と韓国瑜が順番に既成政党の支配の一部を破壊したという構図であった。したがってこの仮説においては、今回の民進党の勝利も、既成政党への支持の回復を意味するのではなく、中国への脅威がたまたま既成政党への嫌悪を上回ったために民進党に支持が集まっただけだということになる。つまり、政党政治を一度破壊したいという有権者の願望が強い状況では、今後の4年間で、中国がこれまでのミスから学習して比較的大人しく下手に出続けることで脅威感が下がれば、2024年には柯文哲の出馬と当選のチャンスが出てくることになる。有権者の間に存在する中国の脅威感と既成政党への嫌悪感は、柯出馬の判断材料となるだろう。

■小さな質問

・「棄保」効果について

これまでの法則としては、選挙結果の予測は2週間前のものが正確であるとされてきた。しかし、世論調査の発表が禁止される最後になると、みんな不安になる。これが「催票」と呼ばれる票の動員につながる。「棄保」(泡沫候補ではなく勝てる候補に、もしくは首位に対して次点でせっている候補に票を入れ、首位の候補に票差で勝たせすぎないようにする)効果は、最後の3日間である。今回は、宋楚瑜の票が半分近く、韓に流れたと言われている。一部の予想では、蔡と韓の差は300万票と言われていた。現実には、例えば趙少康が「宋楚瑜への投票が蔡英文の当選を支持するのと同じである」と呼びかけ、宋楚瑜支持者の票が一定程度、韓に流れたとされるように、最後に「棄保」効果が生じたという。しばしば見られる「棄保」効果が、なぜ効果的に生じたのか。

・韓国瑜による世論調査妨害(蓋牌)の効果はどれほどあったか?

今回、韓候補によって「世論調査妨害」が台湾選挙史上初めて見られた。韓は11月末に支持者に対して、世論調査で支持を聞かれたら「蔡英文支持と答えなさい」と呼びかけた。このことで全ての世論調査は当てにならないということになってしまった。もちろん韓も、国民党内の総統予備選挙でリードしていた際にはこの作戦は採っておらず、世論調査で蔡に大幅にリードされている劣勢な状況で、「(蔡リードの)世論調査の結果は、我々の陣営が撹乱して操作したからであり、実際には韓支持は多く広がっている」と支持者に信じ込ませ、支持者をつなぎとめることを狙ったものだと考えられる。この「世論調査妨害」でだいたい何%程度が蔡英文支持に移動したのか。林宗弘・陳志柔(2020)が選挙後に発表した論文は、韓国での世論調査妨害の前後で、蔡英文への支持率は54%から62%に8ポイント上昇している。世論調査によっては、韓の「世論調査妨害」の動きの後で、蔡英文支持が数十%上昇したという例もある。この「世論調査妨害」は、実際にはどの程度意味があったのか。

・SNS選挙の影響は深刻化したのか?

S N Sは選挙にどの程度影響したのか。今回もよく言われたのは、エコーチェインバー効果(中国語ではいわゆる「同温層」と呼ばれる)である。選挙民は、S N Sの提供する空間の中で自らの声が共鳴するエコーの中で、自分の見たいテレビ番組やニュースだけを見て信じたいものだけを信じる環境にいる。こうしたパラレルワールドで、お互いがフェイクニュースを出し合い、相手だけをフェイクだと信じる現象が起きる。台湾は全く二つの「台湾」になってしまったのではないか。報道機関にもかかわらず、選挙キャペーンをやっているというような事態は、以前からあったものの、今回は一層深刻化したように感じる。エコチェインバー効果に関して、もとからその程度のものだと認識すべきなのか、それとも深刻化したと言えるのか。

フェイクニュースであることを証明するのは難しい。12月27日の台中市での韓の選挙集会に関して、『中国時報』が報道した当日の現場の空撮では、超満員の集会の写真が掲載されたが、評者が空撮の撮られたとされる時間の十数分後に自ら撮影した現場の様子は、3分の1程度の人数であった。これはおそらくフェイクニュースの一例だと思われる。台湾の選挙集会は、群衆が集まらない場合は、狭い場所で行い、どうしても集まらなければ集まったように見せかけるという、一種の「作品」としての一面もあろう。

■外部要因コメント:

今回は「ワシントンか北京かを選ぶ選挙」と台湾でよく言われた。外部要因に対して、どちらの陣営がどのようにうまく対応できたのかが、分析のポイントになる。一つ目の要因としては、やはり「習近平要因」が挙げられよう。非常に慎重な人物として有名だった胡錦濤と違い、習近平は非常に積極的である。悪く言えばゴリ押しということが言える。習近平政権は、民進党政権という逆境にもかかわらず「統一促進」戦略をゴリ押しで推進している。評者は、民進党が政権を握っている時に「統一促進」を行うことは、中国の政権にとっての合理的選択の手段としては間違っていると、いろいろな場所での論評で指摘してきた。中国の対台湾政策の論理から言って、劣勢の時に攻めてはならない。「統一促進」は、馬英九政権時のように優勢の時に行うべきであって、陳水扁政権のように劣勢の際には独立に反対するという政策をとることが肝要であり、無理に押し進めようとすると逆効果となりやすい。対台湾圧力は軍事的な手段のみならず、外交関係を7カ国取り上げるという手段に踏み切った。しかし、こうした対台湾圧力を強める一方、恵台政策のような懐柔案も同時に打ち出しており、硬軟両様のアプローチを交互に繰り返している。これは、相反する方向の二つの政策(威嚇と懐柔)が、常にその裏読みをされることで、効果を半減させることにつながっており、ブレーキとアクセルを同時に踏むかのような逆効果を生じさせている。このように習近平要因は、民進党にとって有権者の支持を引き出す「提款機(A T M)」になっていると言えよう。

・「集権の罠」、「代理人問題」

それでは、なぜこのようなチグハグな対応が行われるのか。評者は、習近平政権における政策決定のメカニズムにおける問題として、「集権の罠」と呼んでいる。ありとあらゆる権限を主席に集中して、なおかつ「法治」を名目に下に権限をおろさないような制度化を推し進めた結果、政治学における所謂「代理人問題」の深刻化が起こる。習近平政権の政策決定過程は、「代理人問題」の典型事例と言えるだろう。

例えば、習近平政権が、国家安全部門に対して「中国国内に情報収集に来ている外国人や台湾人を捕まえよ」という命令を出したとする。そうすると、そうした命令を遂行するに資する多額の予算が付き、多くの法案が成立して、国家安全部門は計画を粛々と実行して行くことになる。また方一方で、習近平政権は、国務院対台湾事務弁公室に対して、「国民党を支持し、民進党の再選を阻止せよ」との命令を出す。こうして国台弁による、様々な機会を通じての国民党への支援が行われることになる。ところが、国家安全部が実際に捕まえてみると、中国大陸に頻繁に訪れる機会が多いのは藍系の学者である場合が多いため、実際に捕まえてみると、多くが国民党系の学者であったということになる。当然これは国民党を支持するのにマイナスになる。しかし両方とも習近平の指示に基づく習近平の代理人によって起きているのである。こうして部門ごとの政策が真逆の効果を生むことになる。

そして別の部門では、例えば香港政策を司る部門が、台湾との間に結ぼうとしている犯罪人容疑者引き渡しの条例について、「一つの中国である以上は香港と台湾の間だけでなく、大陸にも引き渡せるように大陸をも含めるべきだろう」と、香港市民の反対を顧みず、習近平に忖度して強引に大陸への引き渡しも可能とする法案を提出してしまう。中央政府の側も、こうした法案の提出の問題性を誰も理解せず、とがめることもない。その結果、香港情勢がめちゃくちゃになる。国台弁からすれば、「これから台湾の選挙という大事な時期に、香港政策を担当している連中は何をやっているのか!?」という認識ではあっても、上意下達の集権化が進んでいるために現場には権限がないため、現場レベルでは事態に臨機応変に対応できず、上に報告をあげ、上からの命令を待つ他はない。上への情報共有と上からの意思決定と伝達にかなりの時間を要している間に、事態がどんどん悪化して行き取り返しがつかないということになるのである。

さらに、中国には野党もなく、自由なメディアも存在しないために、トップリーダーとその周囲の意思決定の権限者たちは、事態が取り返しのつかないまでに悪化してようやくことの重大性に気がつくということになる。トップに君臨する意思決定権限者は自らの過ちを認めるわけにはいかず、部下ももちろん誤りを認めることはないので、そうなると全てを外部の責任とするしか無くなってしまう。例えば、香港問題の場合であれば、「アメリカの陰謀である」とか、「香港が独立しようとしている」などといった様々な理屈を付けて、自らの責任を外部に転嫁する喧伝を行うことになる。ところが、そのような喧伝を続けていく内に、次第に自らもその内容を信じ込むようになっていき、さらに対応を誤るという悪循環に陥ってしまう。

例えば、今回の総統選挙に際して、北京側は夏くらいには、韓候補は勝てないだろうと予想を立てていたものの、その後、中国側が韓の勝利を促すような宣伝工作を進めて行くうちに、韓が勝てるかもしれないと信じ込んでしまったようである。こうした問題は、中国に限った話ではない。アメリカが自らの出した情報に自分で説得されてしまい、イラクに大量破壊兵器があると信じ込んでイラク戦争に突入したのも、これと同様のメカニズムである。こうした事例はよくあることだが、今回はこうしたメカニズムが習近平政権においてきれいに出現したと言える。

こうした問題の延長線上に、今回の選挙における香港要因を位置付けることができる。香港問題の最大の原因は、一国二制度の失敗である。民主のない香港における警察権力の暴走を、台湾の有権者が毎日目撃することで、長期戒厳期の政府による弾圧や天安門事件を想起して、所謂「亡国感」を強める中、緑陣営の総動員と若者の支持の雪崩現象を招いた。「時代革命、光復香港」という香港における抗議運動のスローガンを示す横断幕が、台湾の選挙集会で見られたように、香港と台湾の間に対中国という点で若者を中心とした一体感が醸成されたのも特徴的であった。グレイターチャイナのポリティクスがここで展開されている興味深い事例であった。

ところが、香港情勢をめぐり香港と台湾でこれほどまでに対中国の危機感を共有して一体感が高まっている状況において、習近平は劣勢にあっても台湾統一のゴリ押しを進めるという方針を顕示し、しかも上記の「集権の罠」に陥っているために都合の良い情報しか入ってこない。こうして、台湾のS N Sでも話題になったCCTVの女性アナウンサーによる「湾湾回家吧(台湾ちゃん、帰っておいで)」というようなテレビメッセージの自己本位の姿勢が、台湾の有権者にとって意味不明で理解不能として嫌悪感を高めるだけの結果を招いたのである。台湾の内部でもエコチェインバー効果でパラレルワールドに陥っているのかもしれないが、情報統制がしっかり効いている中国と中国以外の地域においても、パラレルワールド的な状況が生じている。

ちなみに、この1年間、台湾で行われた多くの世論調査を見ると、基本的に全ての指標で中国大陸に関わる部分の台湾民衆の認識に変化が生じている。例えば、「台湾人か、中国人か」という台湾人のアイデンティティに関する有名な調査では、2014年のひまわり運動をピークに、台湾人アイデンティティは微減となり、蔡英文政権になっても一貫して下降傾向にあった。これは面白い現象である。中国に対して対抗しなければならないというモメントでは「中国人」をやめて「台湾人」となる(つまり「台湾人アイデンティティ」が増大する)ものの、対中国で危機感が低下するとまた「(台湾人であって)中国人でもある」に戻る、というアイデンティティを有している。しかし、この1年でまた変化し、「台湾人アイデンティティ」が増加傾向に転じた。この他の指標も同様である。「統一、独立」の国家選択に関するアンケートでは、この1年間で、やはり「現状維持」および「独立」を選択する回答が増加に転じ、「どちらかというと統一」もしくは「すぐに統一」など統一傾向を示す回答が減少している。台湾社会における数%の人々が独立傾向に態度を変化させたということであり、報告者の主張している台湾アイデンティティの拡大を示していると言えるだろう。『聯合報』の調査においても、台湾民衆の中国大陸に対する印象の調査で、「大陸に行きたいかどうか?」を問う項では、「仕事」、「創業」、「留学」、「定住」の4項目すべてで下降傾向にあった。この理由として、米中貿易摩擦を背景にした米中関係の悪化、中国経済の減速という問題も挙げられるだろうが、これだけ劇的に減少に転じたのは、やはり香港情勢が影響を与えたと考えるのが自然である。蔡英文総統の両岸関係の処理についての支持率もやはり回復に転じている。そして非常に面白いのは、台湾民衆の中国大陸の政府に対する印象が2016年くらいから悪化傾向に転じているのに対し、中国大陸の人民に対する印象は、逆に改善傾向にあるということである。その理由は、おそらく人的往来が減少したからであろうと考えられる。両岸人民の往来は、2008年を境に、毎年約100万人単位で急激に拡大していたのに対して、大陸からの台湾への渡航などが減少し、人的往来が減少すると実際の人的交流や接触の機会が減るために、台湾民衆が中国大陸との人民との間の彼我の違いを意識することが無くなり、より抽象的、観念的な他者理解にとどまるからこそ、より相手像を理想化し易い環境が出来上がっているからかもしれない。

香港効果に関する世論調査では、上述の林宗弘論文によれば、香港の「犯罪容疑者引き渡し条例」への抗議運動を支持する割合は台湾社会では7割近くいることがわかっている。一方で、抗議デモによって秩序が破壊され、経済成長に悪影響があるためであろうが、不支持という回答が3割近くにのぼる。この傾向は、香港社会に近いと言える。香港では抗議デモに対して経済活動にも悪影響を与え、勇武派の暴力は許せないので支持できない。社会秩序と安定こそ重要であると考えて不支持と回答する割合が約4割程度と、台湾より1割ほど高くなっている。当然、蔡英文支持層の香港デモへの同情、支持の比率は圧倒的である。

また、中国による台湾への制裁が不振である要因はなんだろうか。まず、両岸の貿易依存は陳水扁政権に大きく上昇して以降、現在まで継続しているが、中国大陸から台湾への買い付けと観光客(直行便)が激減している。しかし、蔡英文政権では、中国大陸の観光客が減少した分を、東南アジアへのビザ免除などの優遇措置で他国からの旅行者によって補填されたため、去年1年間の台湾への観光客数は史上最高延べ人数を更新した。こうなると、中国大陸の教科書に載っている「日月潭」のように中国からの観光客が多く訪れる場所は影響を受けるものの、そうでない観光地や都市部やあまり大きな影響は受けないない。したがって、中国は台湾に対してあまりダメージにならない程度の制裁しか行なっていない。結局、その程度の制裁であれば、台湾が政策努力で吸収が可能な範囲にとどまっている。

今回の米国要因として、台湾の選挙キャンペーン期間中に、トランプ政権による米中貿易戦争を背景にして、米国の台湾支援の姿勢は相当はっきりと強化され、対台湾武器売却、米議会の台湾支援法案等、トランプ政権は「台湾カード」をきったと言えるのかもしれない。以下に、詳細を列挙してみよう。①対台湾武器供与(M1A2エイブラムス戦車108両など22億ドル、F16V戦闘機66機など80億ドル)、②台湾優遇法制度(2018年3月台湾旅行、2018年12月アジア際保証推進法2019年5月台湾保証法案)、③グローバル教育訓練枠組み(GCTF)、④台湾海峡への軍事的関与(艦艇、軍用機の通過など)、⑤蔡英文の米国でのトランジット、⑥米台協議の強化(インド太平洋民主ガバナンス協議、太平洋対話等)、⑦ボルトン・李大維会談などである。国民党の人たちは、蔡英文を支援したと考えているようだが、米国としては蔡英文支援というよりも、台湾を支援したということである。このことは、投票行動に大きな影響はなかったと思われるが、訪米さえできなかった韓国瑜(「草包」と言われた)とは大きな差を見せつけた。️

またオーストラリアに亡命した元中国のスパイが中国の対台湾工作を暴露するという「王立強事件」への評価はまだ定まっていない。中国の対台湾浸透工作対米国(およびその同盟国)の綱引きであった可能性も考えられる。真相は不明であるが、国民党が形勢逆転のため利用した可能性は高い。国民党の蔡正元が投票の3日前に記者会見を開き、「王は民進党が金で偽証させたヤラセである」との「告発」を行う予定だったが、オーストラリアのAGE紙によって王が蔡正元側から接触があり、脅迫と懐柔を用いて上記の「ヤラセ説」を裏付ける証言をするように求められたことが逆に暴露され、最終的に選挙情勢に大きな影響を与えることなく終わった。こういった謀略の応酬のようなことが起こっているが、流石に民進党側が、ニューヨークタイムスやオーストラリア紙などを巻き込んでの対応を行う能力は無いと考えられるので、アメリカを含む海外の諜報機関の影響もあったのかも知れない。この「王立強事件」は、2019年末の「反浸透法」を通過させる上では追い風となった。

今後の中台関係展望として、現在、多くの人が憂慮しているのは中国政府が台湾に対して武力統一を含めた攻勢を強めていくのでは無いかという点であろう。一部では、戦争をやらざるをえないと見立てる向きもある。民進党が勝利することで武力統一が早まるのでは無いかと恐れる者もいた。しかし、評者はこの蓋然性は低いと考えている。

そもそも、中国の対台湾政策の優先順位は低い。現在、中国が向き合わなければならない問題の優先順位の高い課題は、まず国内経済、米中関係、香港問題、新疆問題などが存在し、これに加えて春節前から大騒ぎとなっている新型肺炎問題への対処が急務となっている。こうした中で台湾に武力侵攻すればただでさえ困難な課題が山積している状況の中で世界中から袋叩きに遭うのは必定であり、およそ合理的な対応とは考えられない。

また、時間的な順序というものも加味して考慮しなければならない。2020年には、まず香港立法会選挙が9月に、米国大統領選挙が11月に控えている。立法会選挙の結果は、2年後の行政長官選挙に大きな影響を及ぼすことになるので、立法会における民主派の躍進は抑えたい。また米大統領候補は、中国に対して決して弱腰は見せられないという鉄則があり、こうした時期に台湾に武力行使をすれば、選挙公約や候補者から中国強硬論が出かねず、中国にとって不利な影響を招くことになる。そして米大統領選挙が終了すると、新政権のスタートと新閣僚の就任がどういった顔ぶれになるのかを注視する必要もあろう。ここまで待って2021年になると、翌年の2022年には香港行政長官選挙と台湾地方選挙が控えている。この時期には蔡英文政権の支持も相対的に下降している可能性が高く、地方選挙で野党派が善戦するかもしれない。したがって、このタイミングでも選挙結果を待って出方を見極める方が得策である。そうこうしているうちに、2024年にまた台湾総統選挙の年が巡ってくる。これから総統選挙という時期に中国が限定的にでもあれ台湾に武力行使をするなど強気に出れば、総統選挙において中国にとって負の結果を招くというのは、今回も含めこれまでの経緯で中国側も学習済みのはずである。したがって、極端な政策のリスクとコストには耐えられず、先送りの可能性が高い。ということで、4年間ハラハラドキドキしながらも、これまでと同じことが繰り返され、中台間で武力衝突が起こる蓋然性は低いだろう。

しかし、蓋然性が低いながらも、唯一のリスクとして考えられるのは、習近平が非常におかしな政策決定で冒険主義に走り、なおかつ米国で再選後のトランプが内政その他の理由から台湾を軽視した場合、いわゆる「第2のクリミア併合」のような事態が起こらないとも限らない。とはいえ、この場合も中国経済にとっては大打撃となるだろう。

結論として、国民党は2008年の馬英九よりも2004年の連載に近い対応であった。民進党は米中関係の変化、習近平政権の変化、香港問題の悪化にうまく対応した。

小笠原先生による松田先生コメントへの回答

まず、なぜ「地方選挙の大勝利からたった14ヶ月の短期間で、なぜこれほどまでの大きなスイングが起きたのか?」という質問に関して回答する。統一地方選挙の制度が現在の形式に整備されてからまだ2回しか行われておらず、2年後の総統選挙と組み合わせで結果の分析も2回しかない。第1回は、2014年の統一地方選挙と2016年の総統選挙で、この際では統一地方選挙の結果が、そのまま2年後の総統選挙の結果に反映されたというパターンである。今回は、2018年の統一地方選挙と2020年の総統選挙の結果が正反対になったというパータンである。この二つのパターンの差をどう解釈するのか。少なくとも、国政レベルの選挙と地方選挙の違いは抑えておかなければならない。統一地方選挙は、内政問題が選挙行動に大きな影響を与えるが、総統選挙ではナショナルアイデンティティの問題となる。今回、報告者が訪れた多くの地方都市では、選挙戦における蔡英文の優勢な情勢にもかかわらず、蔡政権への強い不満や批判がたくさん噴出していた。地方選挙では、せいぜい地方の首長が交代するだけで、台湾の国家としての将来に大きな影響はないが、総統選挙となると全く異なってくる。今回の総統選挙では、習近平政権の強気の対台湾政策を背景にして、台湾における国家の将来について、地方の一般の人々にまで危機感が広がっていた。多くの有権者にとって、攻勢を強める習政権への対応に関して、韓候補と国民党の立場に疑念が生じていた。韓國瑜は今回の選挙において、米国、中国、日本との等距離外交を標榜していた。これは海外の我々からみれば、中立的で良さそうに思えるが、台湾民衆にとって慣れている戦後台湾の基本的な外交戦略は基本的に「親米反共」である。これは蒋介石がこの路線を築き、蒋経国が必死で守ってきた従来の国民党にとっての正統路線でもある。それを現代の国民党の継承者が「等距離で行く」ということは、台湾のあり方を大きく変えることになる。こうした国民党の重大な路線変更について、多くの台湾民衆に危機感が広がったというのが現地調査から得られた印象である。

次に、上記の質問に関連して、国民党がなぜここまで優勢な状況から大逆転されたのかという問題の背景には、国民党の路線そのものに刻み込まれた問題でもある。今回、深藍とされる韓候補の支持者(韓ファン)が韓支持を訴える際に、朱立倫や呉敦義などを執拗に攻撃するという排他的な状況が見られた。深藍は自らの支持を拡大したいという思いの中で、むしろ極端な人物を指導者に据えようとする傾向が見られる。これは4年前の洪秀柱の頃からの構造と変わっていない。

今回の韓候補の大敗で、韓が打ち出した路線は台湾民衆の多数の支持は得られないということが明確となった。しかし、今後、呉敦義の後任を決める党主席の選挙などで、こうした路線を転換することができるのだろうか。党主席選挙などでは若干議論されることもあるかもしれないが、結局は今後の数年間で、2016年以降、韓國瑜によって再確認された現在の国民党の路線に戻っていくことになるだろう。2005年の胡錦濤・連戦会談を契機に、2015年の習近平・馬英九会談に至る流れの中で、中国共産党は10年かけて国民党を取り込んできた。現在の国民党の路線は、基本的にこの中国共産党と共同、協調でやっていくという流れに乗っており、ここから以前の李登輝時代の後継のような「本土化路線」に再転換するとは考えにくいし、共産党側も国民党を掴んで離さないだろう。国民党の主要政治家は頻繁に中国大陸を訪れ、様々な形で接待を受けたり、家族や支持者や側近その他を含めたビジネス展開を進めたりする中、どっぷり中国からの利益を得る構造に浸かっている。国民党がここから脱却するのは極めて難しいと言えるだろう。

3番目に、政党政治に対する不満の行方はどうであるか。第三勢力台頭の可能性は常にあると見ている。ただし、今回の選挙でわかったのは、第三勢力を結集するのは相当難しく、現段階では見通しがつかない。2022年の統一地方選挙で大同団結ができるか否かが鍵となるが、現段階では難しいと見立てている。既成政党に対する不満は潜在的に燻っているものの、それが第三勢力の団結という形に結晶化するかどうかは依然不透明である。

4番目に「棄保」効果の問題だが、今回の選挙では事前の世論調査などで、宋楚瑜に投票すると回答していた10%程度いたにもかかわらず、結局、大きく宋楚瑜の票が崩れた。これはやはり直前の数日間に「棄保」が起こったと見ている。これについては、これから台湾でも様々な調査研究が出されるだろう。これまでの調査からだいたい選挙の1ヶ月前くらいには誰に投票するかについて態度を固めていると言われるが、それでも選挙前の3日間で投票先を決める層が、約15%程度いるとされている。これが「棄保」の層となったのだろう。「棄保」行為は、候補者個人の魅力が少しでも減退すると明確に出現する。今回の宋楚瑜はすでに高齢で、これまでに何度も総統選挙に出馬したというのが裏目に出た。もし、候補者が宋で無ければ、蔡英文に絶対勝たせたく無い層と、韓ではダメだと思っていた国民党の層が一致して支持したかもしれない。今回はコアな韓ファン以外には蔡英文の勝利が予想できた段階で、有権者の中で蔡を勝たせすぎないようにということからも「棄保」行為が起こったと考えるのが合理的である。

5番目に、韓候補による「世論調査妨害」に関して、これは台湾選挙史上初の「事件」と言えるだろう。しかし、韓國瑜がこうした奇策を取らざるを得なかったということは、裏を返せば、それだけ世論調査における低い民意の支持に苦戦していたということを示している。台湾の一般の有権者は、そうした事情を見抜いたと考えるべきだろう。したがって、韓の「世論調査妨害」の指示の後に各種の世論調査で蔡英文の支持が上昇した数字をどう解釈すれば良いのか。蔡支持率上昇の中には、韓候補の支持者が韓の指示を鵜呑みにして「蔡英文支持」と偽の回答をした割合も一定程度含まれるだろうが、まだ態度を決めていなかった一般の有権者の中で韓のこうした態度に不満を持った層が蔡英文支持にまわったと考えることもできる。では韓はこうした奇策に頼ったのか。韓の得意技は動員力である。「世論調査妨害」も、世論調査に現れる低い数字を支持者に信じさせず、自らの支持を貫くように仕向けるという意味があった。選挙直前に民意調査の公表が禁止された後に、韓國瑜が支持者の大動員に成功したという点で、部分的に一定の効果を持ったと考えるべきだろうが、そのために大局を失ったのである。

最後に、S N Sの影響に関して、2018年の統一地方選の際の影響の方が大きかったいというのが報告者の印象である。ネット上のものすごいアクセス数の殺到、韓國瑜を批判したSNSアカウントの「炎上」、はっきりとした証拠が示せないまでも、中国が発生源と思しきフェイクニュース(例えば、公民投票を視野に、福島周辺の食品の放射線量による影響に関する写真など内容)の蔓延などの現象が大きく見られた。こうしたフェイクニュースに関して、蔡英文政権は迅速な対策を取り、フェイクニュースが出回った場合は、数時間ですぐにFacebookやLINEでこれを否定する情報を公開するという対応をとっており、一般民衆はフェイクニュースが出回ると政府からの情報も同時に目に入るようになってきているので、今回の選挙では依然として横行はしているものの、効果が限定的になっているとみている。